書籍・雑誌

2011年8月22日 (月)

「下町ロケット」に見る日本の未来のあるべき姿

図書館に勤める妻の勧めで、今年の直木賞受賞の「下町ロケット」を読んだ。わかり易く面白いという触れ込みだったが、まさしくその通りで、読み始めたら止まらず、出張中の新幹線と宿で一気に読んでしまった。タイトルから想像する通りの内容で、故あって宇宙科学開発機構の研究者を辞めて、家業の下町の町工場を継いだ佃航平が、法に触れなければなんでもやるというライバル企業や、町工場の技術を鼻から信用せずに上から目線で特許の売却を迫る大企業に対し、コストパフォーマンスを優先して夢やチャレンジ精神を否定する若手従業員とぶつかり合いつつも徐々に気持ちを一にして立ち向かい、ついに夢をかなえるというストーリーである。この単純明快なストーリーの中で、熱く主張されている事が幾つかある気がする。その第一は、法律に触れなければ何をやってもよいという、戦後の日本を徐々に浸食してきたアメリカ的資本主義の考え方の否定であり、その第二は、職人(プロ)としての技術、品質へのこだわりの励賛であり、その第三は、夢を共有する事を通じての人のつながりの強さと重要性である。

この本がベストセラーになっているのは、上の3つの主張に従って、迷いつつ、挫折しつつも純粋、誠実かつひたむきに夢の実現に向かって突き進む佃航平に共感する人が多い事を意味するのではないだろうか。そして、これら3つの主張は、震災からの復興過程で目指すべき将来の日本に最も必要な要素ではないだろうか。また、それを信じて突き進む佃航平の様な人材を、今、皆が求めているのでは無いのだろうか。

次世代を担う若者から、そうした人材が育ってくる事を切に願う次第である。

2011年3月 6日 (日)

「空白の五マイル」 人は何故、冒険に命を賭けるのだろう

角幡唯介「空白の五マイル:チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」集英社

ヤールンツアンポー(Yarlung Tsangpo)川という名前を御存知だろうか?聞きなれない名前だろうが、世界で最も高い所を流れる大河である。それは、ヒマラヤ山脈北縁をほぼ真東に向かって流れ、ヒマラヤ山脈東部を垂直に切ってしてブラマプトラ河へと続き、最後にガンジス河に合流する。即ち、チベットを流れるブラマプトラ河上流部の呼び名である。試しにグーグル・マップでその流れを上流から下流へと辿っていってもらいたい。ヤールンツアンポー川は、ラサの南およそ30kmをほぼ真東に向かって流れている。その流れは、徐々に東北東に向きを変え、ラサの東およそ300kmで逆Uの字に大きくカーブを描いて南へと向きを変え、ヒマラヤ山脈東部を横切ってインド側に出て、ブラマプトラ河となるのである。この、逆Uの字に大きく曲がる部分がツアンポー峡谷と呼ばれる、グランドキャニオンなど足元にも及ばない世界最大の峡谷なのである。中国政府によれば、その全長は500kmを超え、最大深度は約6000m、峡谷の入口と出口での高度差が2700m以上もある。この峡谷は、深く刻まれた谷と激流の為、また、政治的にも不安定な地域であったため、世界の峡谷のなかで、人類未踏の最後の峡谷であったようだ。とくにその中心部では30km足らずの間に600mも高度を落とす。それ故、そこには、まだ知られていない大滝が存在するのではないかという「伝説」が世界の峡谷探検家の間に広まっていた。

こうした地理的背景のもと、19世紀末から20世紀初頭にかけてのツアンポー峡谷探検史からこの本の話は始まる。このの探検により、ツアンポー峡谷の大部分は踏破されたが、最も険しい中心部の5マイルが未踏破のまま 残されてしまった。これが、「空白の5マイル」である。その後、政情不安などもあり、「空白の5マイル」は、その後誰からもチャレンジされることなく、1990年代初頭まで触れられずにいた。1990年代に入ってチベットに外国人が入り易い状況が生まれると、世界に残された最後の未踏破の場所として、再び世界の冒険家の注目を集め出す。当時、早稲田大学の探検部部員であった著者の角幡氏は、こうした状況の中、2002年冬にツアンポー峡谷踏破への挑戦を始めるのである。

しかしながら、角幡氏の挑戦の仕方は、かなり無謀である。中国政府からの正式の許可も得ず、緊急の場合の連絡手段も(意識的に)持たず、しかも単独で踏破に挑戦したのだ。中国をはじめ、世界各国で調査を行ってきた私には、こうした行動はとても共感が持てず、むしろ居心地の悪さすら感じる書き出しだった。その一方で、現地の住民に溶け込み、信頼関係を作り上げることにより情報や支援を得る角幡氏のやり方は、理想的と言える。そして、角幡氏は、時間や資金を余り気にせずに現地に長期滞在し、3回に渡って「空白の5マイル」に挑戦して、その大部分を踏破してしまう。但し、その行程は、苦痛と快に満ちたものだったようだ。

普通なら、ここで冒険談が終わる所だが、実はここからが話の佳境なのである。学生時代最後に行った上記の挑戦から7年を経たのち、角幡氏は、仕事も辞めて、何かに吸い寄せられるように再びツアンポー峡谷に向うのである。それは、「空白の五マイル」において僅かにやり残した部分を歩いて、完全踏破を果たすという意味もあっただろうが、何か別の探検を成し遂げた時の達成感に対する渇望の様なものがあったのだろう。2009年冬におこなわれたこの二度目の挑戦は、一度目の挑戦より更に無謀で危険なものだった。その結果、角幡氏は、ツアンポー峡谷の奥深くで死域をさまよう事になる。しかし、この世から隔絶した地の果ての様な所で長期間死の恐怖と向かい合い、絶望の中で死ぬ寸前まで追い込まれた事により、一時的にでも氏はなにか解脱あるいは悟りの境地に達したのではないだろうか?私の性格は、彼の様な冒険家のそれとは対極的なので、本当のところは解らないが、人間の中の何%かは、死を賭してでも何かに挑戦する探検心、冒険心をもった人達がいて、人類の祖先の出アフリカ以来、そうした人たちが、歴史の中で常に新しい世界を切り開いて来たのだろう。

チベット奥地の秘境に興味がある人、やや無謀だがチャレンジングな探検を疑似体験したい人には、お勧めの1冊である。