2013年9月 5日 (木)

統合国際深海掘削計画(IODP)日本海・東シナ海掘削

 しばらく、ご無沙汰しておりましたが、実は、7月末から2か月間の予定で、日本海及び東シナ海の計8地点を科学掘削する目的で、統合国際深海掘削計画(Integrated Ocean Drilling Program; IODP)による、アメリカの科学掘削船ジョイデス・レゾリューション号(通称JR18000 t)を使った第346次航海(Expedition 346)に主席研究員として乗船しています。現在は、能登半島の西約250kmの地点を掘削している最中です。

今回の航海における掘削の主目的は、日本海堆積物に刻まれた過去の気候海洋変動の記録を解析し、夏の梅雨と冬の木枯らしに象徴される東アジアのモンスーン気候が、何が原因で、いつごろから、どの様に発達してきたか、また、どの様な周期で、どの程度変動してきたかを明らかにすることを目的としています。しかし、実はこうした科学目的に加えて、私にはIODPに対する深い思い入れがあります。

国際的組織による科学目的の深海掘削計画の歴史は古く、その始まりは1960年代までさかのぼります。その初期においてはDeep Sea Drilling ProjectDSDP)と呼ばれ、アメリカが主催し、世界各国の科学者がその計画に参加する形で行われていました。世界各国から著名な研究者がこぞって乗船し、フロンティアスピリットのもと、数々の独創的な研究を主導してきました。例えばプレートテクトニクスの概念の確立にも大きく貢献しましたし、氷期間氷期サイクルが地球軌道要素の周期的変化に起因する日射量分布変動(ミランコビッチサイクル)を反映している事も実証しました。

私が初めて深海掘削計画に参加したのは1989年のJR号を使ったOcean Drilling Program (ODP)127次航海「日本海掘削」で、当時まだ35歳でした。世界各国から参加した20名を超える様々な年齢の科学者たちと、時には熱い議論を戦わせ、時には苦労を分かち合いながら、2か月間衣食住を共にした経験は、本当に忘れがたいものでした。この経験を通じて、科学における、人間同士としての相互理解、協力、信頼、友情と言ったものの重要性を肌身で感じ、海外に多くの友人を得ることが出来ました。

その後、私は、日本海堆積物を用いた古気候・古海洋学的研究に研究の方法性を転じ、2003年にIODPに日本海再掘削計画の申請書を提出しました。そして、10年の年月を経てやっと望みがかない、こうしてJR号に乗って日本海に戻ってきました。その間にJR号は大きく改装して実験室スペース、居住スペースを拡充し、本航海では、10か国から34名の科学者が参加しています。更に24名の科学支援員、60余名の船員を加え、総勢120名を超える人たちが力を合わせて掘削を行っています。

今回の航海のもう一人の主席研究員であるMurray博士は、実は、前回の127次航海の乗船研究員仲間で、彼は当時まだ学生でした。それが24年後の今、今度は主席研究員として、再び一緒に乗船している事には、お互い、感慨深いものがあります。乗船準備や乗船者の人選は、1年以上前から始まりましたが、二人は、「様々な国から来た、様々な分野、様々な世代の研究者達が、互いに協力しながら、いかにして一つの大目的を達成させるか、ということを、この航海を通して若い世代に体験させたい」という思いで一致しました。それは、既に始まりつつある全地球的な気候変動や環境危機にかかわる諸問題を解決するには、相互理解と協力の重要性を十分理解した科学者の存在が、今後さらに重要になってくると感じていたからです。

今回の航海には、日本からは私も含め8名の科学者が乗船しています。20代が2名、30代が3名、40代が1名、50代が2名という年齢構成で、若手~中堅の育成を意識した夫人です。航海の様子は、写真付きで、以下のホームページで随時報告していますので、ご覧いただければ幸いです。

 

日本地球掘削科学コンソーシアム:

http://www.facebook.com/JapanDrillingEarthScienceConsortium

2013年6月29日 (土)

通勤電車のダイヤの乱れに見る日本の将来への不安

私は東府中から本郷に通っているが、4月のダイヤ改定以来、京王線のダイヤの乱れが止まらない。ダイヤ通りに走るのは、せいぜい週12回。56分の遅れは当たり前で、10分を越す遅れも週1回はある。人々は、多分文句を言いたいのだろうが、黙って満員電車に揺られて、毎日通勤している。京王電鉄の過去何回かのダイヤ改正で進められてきた副都心近隣駅冷遇、遠方駅優遇(特急優先)による通勤圏拡大の姿勢は前から気になっていたが、少なくともこれまでは、ダイヤの乱れはこれほどひどくなかった。それゆえ、今回のダイヤ改正に伴う遅延の頻発は突然の感がある。

習慣と言うのは恐ろしいもので、最初の一月位は、腹が立って仕方が無かったが、3ヶ月もその状態が続くと諦めの気持ちが勝るようになり、たまに時間通り新宿に着くと、何となく嬉しい気持ちになっている自分に驚く。恐らく、京王線を使って通勤している何万人もの人々が、時間が正確でない事に慣らされつつあるのだろう。

日本人は、その勤勉、実直な性質、繊細、精密な技能、仕事に責任を持ち、手を抜かない職人気質で戦後の日本の発展を支えて来た。エネルギー資源に乏しい日本が世界の中で生き抜いてゆくには、こうした日本人の特質を生かし、育ててゆく事が今後益々必要になるだろう。しかしながら、バブル崩壊以降の日本を見ていると、むしろ逆の方向に向かいつつあるとしか思えない。上に述べた通勤電車のダイヤの乱れなどは些細なことかもしれないが、日本人がその特質である繊細さ、ち密さを失っていく過程を助長している気がしてならない。そして、こうした些細な事の積み重ねが、日本をダメにして行くのではないだろうか。

2013年5月25日 (土)

「図書館戦争」近い将来の日本社会を暗示していると考えるのは、考え過ぎ?

もう3週間前になるが、連休にどこにもいかなかったので、5日に家族3人で「図書館戦争」を見に行った。どちらかと言えば、原作を読んでいた妻と息子が勧めるのでしょうがなく、と言った感じで行ったのだが、予想に反してかなり面白かった。話の筋は単純で、「公序良俗に反する、所謂俗悪本に触発されて凶悪犯罪が多発したことをきっかけに、そうした本の規制が始まり、それが表現の自由の規制、本を読む(知る)権利の規制へと広がってゆく。そして、図書館が、図書館法を盾に表現の自由や知る権利を護る最後の砦となり、それを守る組織として結成された図書隊と政府(権力)側の部隊との死闘が始まる。その過程での図書隊隊員たちの表現の自由や知る権利を護る強い思いや、権力側の、「公序良俗を護る」と言う美命の裏に隠されたどす黒い思惑を描く」と言う内容である。おおよそあり得ない設定なのだが、一見世のためになるように見えるほんのちょっとした法改正が、世の流れを大きく変えてしまい、元に戻る術もなく、社会が危険な方向へと暴走してゆく様子が解り易く描かれている。

 

折しも憲法改正論議が巻き起こり、第二次世界大戦における日本の行為に対する歴史認識を修正しようとする動きが急に顕在化してきた。いわゆる村山談話の背景や、近隣諸国を含めての歴史の共通認識確立への地道な努力を知ることなく、個人的心情のみに基づき、他国の挑発に乗る形で、十分に議論することもなく安易に法律を変えようとする政治家の態度や、それに無関心、あるいは余りに鈍感な今の若い世代に不安を感じていた時期でもあったので、この映画が、こうした日本の若者達に、表現の自由や、知る権利を規制する権利を施政者に与える事の怖さを教えることを意図して制作されたのではないかとつい勘ぐってしまった。私の考えすぎだろうか?

2013年3月31日 (日)

「気候変動を理学する」 サイエンスカフェの余韻を本に

 思い返せば、今から2年以上前のことである。日立環境財団に勤める私の高校の同級生が、突然、私の部屋を訪れ、今度財団で、気候変動に焦点を当てたサイエンスカフェをやりたいと言う。しかも、結果だけを派手に取り上げて好奇心を煽るような皮層的議論ではなく、キチンと原理にまで立ち帰って、問題の本質を理解しようとする議論が出来る様なサイエンスカフェをやりたいと言うのである。普段なら迷うところだが、50も半ばを過ぎ、これまで自分がやってきた研究の社会的意味を考えたい、と思っていたところだったので、二つ返事で引受けた。内容は、私が同僚たちの協力を得つつ長年やってきた「地球システム進化学」、「地球史学」、「古気候古海洋学」などの講義ノートから話題を拾い出して構成した。科学好きの一般の方々を対象に、理系選択の高校生~大学教養レベルの読者を想定しつつ、最小限の数式や化学式を使いつつも、専門用語は極力避け、解りやすい語り口を意識しながら毎回準備をした。聴衆は、毎回50名近く集まり、上手いタイミングで、程よい質問をして下さる常連さんも出来て、予想以上に楽しい企画になった。高校の同級生達が毎回きてくれ、カフェの後に慰労の飲み会を開いてくれたことにも、随分元気付けられた。自分の地球環境観にある程度賛同してくれる人がいることも分かり、それなりの自信も付いた。5回のシリーズの最後、2010年の暮れに最終回となったが、これで終わりかと寂しい思いにかられた事をよく覚えている。

 その後、日立環境財団の後押しもあって、サイエンスカフェの講義録を出版する話が湧き上がった。何社からかお誘いがあったが、私の講義録を一番よく読み込み、私が伝えたいと思っていたポイントを一番よく理解してくださったみすず書房にお願いすることにした。

 本を書くと言うのは、本当に大変なことである。日立環境財団で書き起こして下さった講演録があるから何とかなるだろうとたかをくくっていたが、やはり、話を聞くのと書かれたものを読むのは随分異なる。サイエンスカフェでの会話の雰囲気を残しつつ、内容を正確に、かつ解りやすく伝えることの難しさを改めて味わった。みすずの編集者の方のご助力無しには、この本は完成しなかっただろう。また、幾つか細かいところで、私の記憶違いや理解不足による誤りも見つかった。全て十分に理解した上でお話ししたつもりだったが、それでも、実はそうでなかった部分もあった。本を読んで頂けばわかるが、本書は、地学はもちろん、物理、化学、生物学に関係した幅広い内容を扱っている。一つ一つはそれ程難しい内容では無いが、それらが有機的に、複雑に絡み合った話が随所に出てくる。そうした箇所で、厳密な意味での専門分野でないがゆえに見落としてしまいがちな落とし穴が結構あることに気づかされ、出版直前になって、少し不安になっている今日この頃である。

 とは言え、私が長年やってきた研究を通じて、今、社会に伝えたいと思っていることを精いっぱい話し、書いたつもりである。是非、お読み頂き、ご意見、ご批判を頂ければ幸いである。本は、4月初旬にみすず書房から発売予定である。

Photo


2013年3月25日 (月)

Tokinaga et al. (2012) Nature, 491, 439-443. 近年の赤道太平洋でのウォーカー循環の弱化は、東西の海水温分布の変化によっている

“Slowdown of the Walker circulation driven by tropical Indo-Pacific warming”

 

 20世紀を通じて、赤道太平洋におけるウォーカー循環が徐々に弱まっていることは、観測記録から既に示されている。その原因は、一般に、地球温暖化に伴う水循環の弱化と考えられている。しかし、温暖化に伴う表層水温(SST)の空間分布の変化の影響については、これまできちんと評価されていなかった。その原因として考えられるのが、太平洋赤道域におけるSST上昇の空間パターンの復元の不確実性である。これはSSTの測定手法やその空間分布の解析手法が時代と共に変わってきたことに原因があるようだ。本研究では、手法が一貫していて信頼性も高い、バケツによる採水した表層水の直接水温測定データのみを用いて復元を行った。その結果、東赤道太平洋と西赤道太平洋の間の水温差が時代と共に減少してきたことが明らかになった。これは、これまでの再解析データにおいて示された傾向と逆であるが、夜間における海上気温おける傾向とはよく合っている。

 本研究では、こうした赤道太平洋域におけるSST上昇の空間分布パターンの大気循環への影響を評価するため、復元されたSST空間分布の変化を境界条件として大気大循環モデル(AGCM)に与え、その影響の評価を試みた。その結果、ウォーカー循環の弱化が復元されると共に、循環とそれに伴う降水域の位置が、当方にシフトする事がしめされた。これは、均一の温暖化に伴う水循環の弱化ではなくSST上昇の空間パターンの変化が1950-2009年におけるウォーカー循環の弱化の主原因であることを示している。

では、SST分布の変化の原因は何なのか?CMIP5の大気海洋大循環モデルにおいて、地球温暖化に伴って赤道太平洋における東西の温度勾配が小さくなることが示されているものの、その規模は、今回の結果を説明するのに十分ではない。論文では、人為的な要因による燃焼起源のエアロゾルの増加の可能性を指摘しているものの、現時点では解明には至っていないようである。

2013年3月24日 (日)

Parrenin et al. (2013) Science, 339, 1060-1063. 氷期‐間氷期サイクルにおける大気CO2濃度変動の役割

“Synchronous change of atmospheric CO2 and Antarctic temperature during the last deglaciation”

 

 氷期-間氷期サイクルは、人類が進化してきた第四紀(過去258万年間)という時代を特徴づける気候変動である。特に、過去約80万年間の氷期-間氷期サイクルは、約10万年の周期で繰り返し、その振幅は平均気温で5℃以上、大陸氷床の拡大に伴う海水準変動で120mに及ぶ。氷期‐間氷期の繰り返しは、地球軌道要素(公転軌道離心率、地軸の傾動、地軸の歳差運動)の周期的変化が引き起こす地球への日射量の緯度分布や季節分布の変動(いわゆるミランコビッチ・サイクル)に起因することが、既に明らかにされている。しかし、そうした地球軌道要素に伴う日射量の変動は、地球全体が年間に受ける日射の総量をほとんど変化させないため、古気候記録に示されるような、氷期-間氷期サイクルに伴う全球規模の大きな気温変動を引き起こすためには、地球の気候システムに内在する何らかの増幅過程が必要となる。しかしながら、こうした日射量変動がどの様にして増幅されるのか、そのメカニズムは未だに完全には解明されていない。そして、それを解くカギは、氷期から間氷期への移行過程において、何がどういう順番で変化していたのかを知ることにあると考えられている。

 南極の氷床コアが保持する古気候記録は、この問題の解明に繋がる重要な情報を与えてくれる。これまでの研究で、氷期から間氷期への移行期(融氷期と呼ばれる)における氷床の融解より数千年先行して、南極の気温および大気中のCO2濃度の変化が起こっていた事が明らかにされており、更に、Monnin et al. (2001)の研究により(少なくとも最終融氷期においては)南極の気温の上昇が、CO2濃度の上昇に数百年先行していたとされていた。これに対し、本研究は、より厳密な対比を行い、南極の気温がやや先行しているようにも見えるが、むしろ、両者は誤差(100年程度)の範囲で同時であり、強くカップリングしていると見るべきだと主張している。

 氷床コアの記録において、南極の気温の指標には氷の水素同位体比が用いられており、一方、大気中のCO2濃度は、氷に含まれる気泡に保持された大気の分析値を用いている。ここで、両者の時間差の評価に誤差が生じるのは、氷の水素同位体は、その層準が地表にあった時の降雪の水素同位体比を記録しているのに対して、気泡は、氷床表面下50120m位のところで、圧密で気泡が閉じた時点での大気のCO2濃度を記録しているためである。従って、気泡が閉じる深度(Lock-in DepthLID)をどのくらい正確に推定するかが、時間差の推定誤差を小さくするカギとなる。本研究では、気泡中のN2の窒素同位体比を利用してLIDをより正確に推定した。気泡が相互に通じているLIDより浅い部分では分子拡散により同位体分別が起こり、LIDの深さに比例してN2の窒素同位体比は増大する。この性質を利用してLIDを推定したのである。LIDは、積雪速度や雪の圧密速度など様々な要因で変化する。本研究では、LIDを各層準ごとに細かく推定し、その時代変化を考慮することで、同一層準における気温とCO2濃度記録の時間差をより正確に推定した。

本研究におけるもう一つの工夫は、南極全域をカバーする5地点での気温データを重ねて平均化することにより、南極気温変動データのノイズを著しく小さくしたことである。この結果、気温とCO2濃度の時間差の推定誤差を90160年にまで抑えることが出来た。これを基に、最終融氷期(21万年前)における気温とCO2濃度の変化を比較した結果、誤差の範囲で両者の変動のタイミングが一致していたことが示された。また、両者の変動が相関係数0.99以上で相関している事も示された。これらの結果は、どちらかと言えばわずかに気温が先行しているものの、南極の気温と大気中のCO2濃度が強くカップリングしていることを意味する。一旦変化が始まると、両者間の正のフィードバックにより、変化が増幅されて大きくなってゆくのである。 

本研究の結果は、氷期から間氷期への変化において、どこにおけるどういう変化が融氷期のきっかけとなったのか、という問題の答えを与えるには至っていない。しかし、南極における気温あるいはそれに直接的に影響を与える海氷分布や表層水における鉛直混合の変化が引き金になっている可能性を強く示唆している。これが本当なら、氷期間氷期サイクルが北半球高緯度域における夏の日射量変動により引き起こされている、つまり、北半球高緯度における変化が引き金になっている、とするミランコビッチの仮説に基づいたこれまでの考え方を修正する必要があるかもしれない。

 

2012年12月 9日 (日)

「007スカイフォール」はジュデイ・ディンチの引退興行だね

昨日、久しぶりに家内と映画を見に行った。「007シリーズ」の最新作、「スカイフォール」である。ダニエル・クレイグがボンド役になって3作目だ。ダニエル・クレイグはセクシーさにはやや欠け、濡れ場は少ないが、44歳の年齢にしてはアクションの切れが良い。中年も終わりに近づきつつある私としては、少し憧れを感ずる存在である。期待にたがわず、映画の開始から10分以上、手に汗握るアクションが続く。そして、MI6がテロリストのターゲットとなる筋書でストーリーは展開してゆく。007シリーズとしては珍しく、攻められる中での守りつつ危機をしのぎながらのストーリーが続き、ついに、テロリストのターゲットがMである事が明らかになる。Mを演ずるのは、齢78歳のジュデイ・ディンチ。今回が7回目だそうである。007シリーズに出てきた17年前から既に老けていたが、最近は視力が低下し、台本も満足に読めない状態なのだそうである。それを知った上でストーリーを思い起こすと、なるほどとうなずく点が多い。彼女の引退のために書き下ろした脚本という事なのだろう。007シリーズが50周年という事と合わせて考えると、ここいら辺で一度シリーズを締めて、次回に新装開店という事なのかもしれない。今回の舞台の一つであるマカオのそばの廃墟となった島として長崎の軍艦島が使われている事も、後で知って「ふーん」となった。いろいろ見どころも多く、007ファンでなくともそれなりに楽しめるのではないだろうか。ちなみに、私は、大学教養時代に、いとこと共に、今は亡き叔父に連れられて渋谷に007シリーズを見に行って以来のファンである。

2012年10月28日 (日)

Elderfield et al. (2012) Science, 337, 704-709. 氷期-間氷期サイクルの周期は、いつ、どの様に変わったのか?

"Evolution of ocean temperature and ice volume through the Mid-Pleistocene Climate Transition"

 

 現在、私たちは、約3400万年前に始まった地球史の中で最も新しい氷河時代の中にいる。氷河時代は、しばしば、寒冷化して氷床が拡大した氷期と、相対的に温暖で氷床が縮小した間氷期の繰り返し、いわゆる氷期-間氷期サイクルで特徴づけられる。そして現在は、約300万年前の北半球氷床の出現で始まり、それが拡大する過程で顕在化した氷期-間氷期サイクルの中の最も新しい間氷期(後氷期と呼ばれる)に当たる。

氷期-間氷期サイクルは、地球軌道要素の変化(地球の公転軌道の離心率変化や自転軸の傾きの変化、そして公転軌道に対する自転軸のゴマスリ運動)によって引き起こされる日射量の緯度分布および季節分布の準周期的変動(一般に、ミランコビッチサイクルと呼ばれる)が、地球システム内で増幅されることによって引き起こされている。氷期-間氷期サイクルがミランコビッチサイクルに同調している事は既に周知の事実で有るが、今から約125万年前以前には、およそ4万年の地軸傾動周期に同調していた氷期-間氷期サイクルが、およそ70万年前以降はおよそ10万年の離心率変動周期に同調するようになった事は、専門家以外には余り知られていない。この周期の変化は、更新世(Pleistocene:258万年前-約1万年前)の只中に起こったため、MPT(Mid Pleistocene Transition)と呼ばれており、その原因や変化の詳細を明らかにする事は、ミランコビッチサイクルがいかにして氷期-間氷期サイクルを引き起こしたかと言う、未解決の大命題を解く上での重要な手掛かりを与えてくれると期待される。

 MPTについては、これまで、「底生有孔虫と呼ばれる海底に棲む単細胞生物の石灰質な殻の酸素同位体比が主に海水の同位体比を反映し、海水の同位体比は大陸氷床の体積(=海水準)を反映する」との仮定のもと、世界の色々な海域から報告された底生有孔虫殻の酸素同位体比の変動を重ね合わせて平均化したデータに基づいてその特徴が議論され、125万年前から70万年前にかけて、氷床が徐々に大きく成ると共に、4万年周期が10万年周期に置き換わって行ったと言われている。これに対して著者らは、底生有孔虫殻の酸素同位体比は、海水の同位体だけでなく殻を沈殿させた時の水温の影響も受けるので、氷床体積の指標としては不完全であると指摘している。そして、南太平洋ニュージーランド沖の水深3290mの深海底から回収された掘削コアから分取された合計1485個の試料中の底生有孔虫殻について、酸素同位体比と同時に水温の指標であるMg/Ca比を測定し、殻が酸素同位体を取り込む際の水温の影響を取り除くことにより、海水の同位体比の変動を過去150万年間に渡って復元した。

 復元結果は、従来の考えを覆すもので、数々の示唆に富んでいる。即ち、氷床体積の変化は、従来言われていたように数十万年かけて徐々に起こったわけではなく、95万年前から87万年前の8万年間で急激に起こった事が明らかになった、一方、底層水温の変動様式は、氷床コアに記録された南極の気温の変動様式とよく似ており、南極の気温を反映している事を示唆している。そして、氷期極相期の水温は-1.7℃前後と低く、過去150万年間余り変化が見られない事が示された。一方、間氷期の深層水温は、45万年前以前には、1℃弱低かった。更に面白いのは、間氷期極相期直後の深層水温低下は、氷床体積増加に先行しており、間氷期から氷期に向かうプロセスの前半では、主に水温低下が有孔虫殻の酸素同位体比増加に寄与しており、後半は、主に氷床体積の増加が寄与している事である。そして、少なくとも研究された地点においては、深層水温の変化が有孔虫殻の酸素同位体比変動の半分近くを説明している。

 著者らは、更に、何がきっかけで、MPTで氷床体積急増が起こったかについても考察している。即ち、酸素同位体比ステージ24で氷床が成長した後、ステージ23で氷床が余りほとんど融けなかった事が、次のステージ22で更に氷床を拡大させることになったと主張し、同位体ステージ23で氷床が余り融けなかった原因は、この時に、南半球高緯度域の夏の日射が余り上昇しなかったからだと論じている。(そして、筆者はあまり注目していないが)それは、40万年周期で離心率が極小になった時期と一致している。)この解釈は、南半球高緯度の夏の日射量変動が、氷期-間氷期サイクルに影響を与えているという主張を含んでいる点でも重要である。それは、現在、氷期-間氷期サイクルのペースを決めているのが、ミランコビッチが提唱したように北半球の夏の日射量なのか、それとも南半球の日射量なのかで盛んに議論が戦わされているからである。

 Elderfieldは、70歳に近い研究者であるが、未だにNature Scienceなど、トップレベルの雑誌に論文を書き続けている。そのアクティビティーの高さには、恐れ入るばかりである。

2012年8月13日 (月)

「プロメテウス」は救いようがない映画だ

 色々と忙しくて、映画館へ行けない日が3か月近く続いた。40日におよぶ調査出張から帰った久しぶりの日曜、やっと映画に行く時間が出来た。シネコンのタイトルリストを見ると、この時期は子供向け、中高生向けがやたら多く、興味を引くタイトルがない。その中で、「プロメテウス」の先行上映の文字が目に入った。解説を見ると「人類はどこから来たのか?という、最も深遠にして根源的なテーマ。その謎を解き明かす重大なヒントを地球上の古代遺跡で発見し、宇宙船プロメテウス号に乗って未知の惑星を訪れた科学者チームの、想像を絶する運命を映し出す。」とある。今はやりのアストロバイオロジーを題材にしたSF映画か、と期待して映画館に行った。ところが、前半はまだよかったものの、後半に入ると目を背けたくなるような気持ちの悪い映像、救いようのないストーリー。もっと良く調べてから見るのだったと後悔しても後の祭り。加えて、登場する地質学者が軽薄で、しかも無残な最期を遂げる。アー、見なきゃよかった。しかし、こういう映画が一番嫌いなはずの妻が結構見ていて、「きっと続編があるわよ」と一言。意外な側面を今頃発見。

 内容をきちんと伝えない解説や予告編にも問題がある気がした。口直しに、もう一本見る必要がある。

2012年6月30日 (土)

Martin-Puertas et al. (2012) Nature Geo, 5, 397-401. 太陽活動が大気循環を変化させた?

"Regional atmospheric circulation shifts induced by a grand solar minimum"

太陽活動と気候変動の関係については、特に古気候学者を中心に、昔から言われ続けているが、両者をつなぐメカニズムが十分に明らかにされず、パターン合わせに終始した研究が多い。その為、中々気象学者らの納得を得られずにいる。また、変動のタイミングや位相関係の検証が不十分であることも支持を得られない原因である。

この論文は年縞により詳細な時間メモリが入った湖堆積物を用いて、風の強さの指標と考えられる年縞の厚さと太陽活動の指標である10Be堆積速度の変化を3300年前~2000年前について調べ、Homeric Minimumと呼ばれる太陽活動極小期(27502550年前)に、10Beフラックスの増加とほとんど同時に年縞の厚さが増大したことを示した。年縞の厚さは珪藻の繁殖に起因し、強い風によって湖水が混合されることにより栄養塩が有光層に湧昇したことによると解釈すると、太陽活動の低下とほとんど同時に調査地域における卓越風の強さが増大したことを意味する。この地域の冬の卓越風の強さは、北大西洋振動(NAO)に支配されることから、筆者らはNAOの負のフェーズでのストームトラックの南下を意味すると解釈し、その結果は観測やモデルから推測されるヨーロッパ地域における太陽活動の影響とも調和的である事を示している。そして、太陽活動に伴う紫外線の変化がオゾン濃度の変化を引き起こし、それが温室効果の程度を変えることを通じて大気循環の変動を引き起こしたとする、いわゆるトップダウンの過程に起因する証拠であると主張している。

 複数の高時間解像度の古気候データを同一の記録媒体(年縞堆積物)から取り出し、位相関係を10年程度の高い時間解像度で議論した事、その結果を、定性的にではあるが観測データやモデル結果により検証した点が新しいといえるが、使っている気候指標の評価がかなり甘いと言わざるを得ない。アイデア先行の予定調和的論文と言えるだろう。

2012年6月18日 (月)

「文明と環境」研究の新しいうねり

週末に地球研で行われた気候変動と文明の盛衰に関する文理融合型シンポジウムに参加して、久々に面白く、胸踊る議論を楽しんだ。実は、およそ20年前に、当時、日文研に居られた梅原猛さん、安田喜憲さんらが主導する重点領域研究「文明と環境」に参加していたのだが、その頃のワクワク感を思い出した。当時は、文明の発達や崩壊と言った人間社会における現象の原因は、社会自体に内在する原因に起因するものと考えられており、環境の変動が社会構造やその変化に影響を与えると言う考え方は「環境決定論」と呼ばれて忌み嫌われていた時代だった。(それは、地質学において「斉一説」が崇拝され、隕石の衝突により生物が絶滅するなどという説は、ご都合主義の「天変地異説」だと言って取り合わなかった時代が続いたことと似ている)この状況に風穴を空けたのが、梅原さんや安田さん達であった。それから20年余り、こうした議論からは遠ざかっていたのだが、今回、機会があってシンポジウムに参加し、このテーマをめぐる現状や諸問題に関して、特に文系の若手~中堅の研究者の方々の話を聞くことができた。それによると、2000年台に入って膨大な古気候データを背景に理系の研究者を中心に展開された、気候環境変動が文明の盛衰を引き起こしたとする議論の影響は文系研究者にまで及び、2000年代はいわゆる「環境決定論」が席巻した時代であった様である。それにより、もはや環境変動が社会構造に全く影響しないと主張する文系の学者は居なくなったようであるが、一方で、理系研究者達の議論は、どうもタイミングやパターン合わせに終始し、文明の繁栄や崩壊のプロセスやメカニズムにほとんど立ち入って居ないように感じる。また、全ての原因を環境変動に求めようとする環境決定論的姿勢が強すぎ、社会構造や文化、文明の特性に内在する原因を無視した議論が展開される事に彼らも違和感を抱いているようだった。シンポジウムに出席された文系研究者がリベラルで環境変動が文明に影響するという考え方を積極的に受け入れる方々であった事もあるのだろうが、環境変動の影響を積極的に受け入れると共に、その社会への影響を具体的に記述し、定量的に評価することを通じて、環境変動以外の原因を洗い出そうとする考え方や研究姿勢が明確に示された事には、新鮮さを感じると共に、新たなうねりを予感させた。

2012年5月 6日 (日)

「宇宙兄弟」は予想外に面白かったね

連休の中でやっと晴れた5日、多摩川でジョギングをしたあとに家内と映画に行った。家内が、小栗旬がいいと言うので、まあ子供向けの映画だろうと余り期待もせずに「宇宙兄弟」を見た。子供の頃にUFOを見たのがきっかけで、宇宙飛行士を目指してその夢を術限させる兄弟の話だ。夢を迷わず追い続けて一足先に宇宙飛行士になった弟を演じるのが岡田将生、一旦夢を諦めて就職をするが、弟に刺激されて再び宇宙飛行士を目指す兄を演じるのが小栗旬だ。単純で子供向きのストーリーではあるが、大人でも楽しめるよう、いろいろ工夫がされていた。特に面白かったのが、6人の宇宙飛行士候補者を密室で共同生活させて適性を見る場面だ。JAXAの全面協力で施設は本物。多分、JAXAでは本当にこの様な訓練が行われているのだろう。それぞれのメンバーの微妙な心理状況や追い詰められた状況下での反応がよく描かれており、つい、学生の教育の三校になるのではという目で見てしまった。全体としてストーリーも良く練られており、十分楽しめた。しいて気になった点を言えば、月面での場面を、地球の重力を感じさせぬ様にもう少し工夫して欲しかった事と、弟が助かってからあとの場面を、余り説明しすぎず、余韻を残して終わって欲しかった事であろうか。

2012年3月25日 (日)

「マーガレット・サッチャー鉄の女の涙」は、文句なくおすすめだね

久しぶりに晴れた日曜日(3/25)、家内と一緒に「マーガレット・サッチャー鉄の女の涙」(原題:鉄の女)を見に行った。封切りから1週間が過ぎていたが、メリル・ストリープがアカデミー賞主演女優賞を取ったこともあってか、劇場はほぼ満席だった。マーガレット・サッチャーは1980年代(正確には19791990)の英国の首相で、彼女の在任の時期は、私が学位を取りアメリカに留学した前後の時期に当たるため、私には、きわめて印象が濃い。同時期にアメリカ大統領であったロナルド・レーガンや中曽根首相とともに、保守的で強硬な路線で世界を引っ張った政治家だった。

映画は、年老いて引退したサッチャーが、既に亡くなった夫の幻と語りながら昔を回顧する形で始まり、淡々と進んでゆく。彼女が、第二次大戦中に、政治家として毅然とした態度、行動を取る父親にあこがれ、家庭の主婦として一生を過ごすことを拒絶し、政治家として社会貢献に身をささげる道を選んだこと、自分の信念を押し通して突き進みヨーロッパで初めての女性の首相となったこと、その後もぶれることなく信念と論理性を重視する姿勢で数々の危機を乗り越え、崩壊寸前だったイギリスの経済と社会を救った様子、そして冷戦の終了とともに彼女の時代が終わったことなどが、コンパクトに解りやすく描かれている。

メリルは、1979年から現在に至るサッチャーを見事に演じている。昔のサッチャーを知る者にも全く違和感を与えず、毅然としたサッチャーの姿を自然体で演じている。アカデミー賞主演女優賞も取って当然と言える名演技である。高い志とぶれない信念を持って突き進んだ彼女の生きざまは、社会に出て男性に伍して仕事に生きてゆこうとする女性たちの参考になるだろう。また、1980年代を知る者にも、表面的にしか知らなかった(私の場合)当時のイギリスの社会背景が解って面白い。そして、経済的に行き詰まったイギリス社会、妥協ばかりを繰り返して問題解決に手を付けないイギリス政治の混迷の様子は、まるで今の日本を見ているようである。その行き詰った状況に風穴を開けて、イギリスを再生させたサッチャーの政治手腕は、今の日本にも必要なものだろう。老若男女すべての人にお勧め出来る映画である。

2012年3月10日 (土)

エコノミーでのヨーロッパ行きも映画があれば苦じゃないね

久しぶりの海外出張。ロンドン経由でニューキャッスルまで、併せて20時間の長旅である。今回は、早めに日程が決まったので、全日空201便ロンドン行きを予約した。機種はB777-300。シートも新しく、Displayも大画面で、洋画、邦画合わせて40近い映画から選び放題である。まず、日本では封切りされたばかりの洋画「タイム」を見た。金の代わりに余命の時間がやり取りされるという奇想天外というかバカバカしくも思える設定の近未来SFなのだが、拝金主義的がはびこり、生まれながらに不平等な今のアメリカ社会を痛烈に皮肉っているように思える映画で、主役二人の熱が入った演技も相まって、結構楽しめた。次に見たのは、やはり日本で現在上映中の「タンタンの冒険」。これは、CGアニメだが、時として実際の撮影と見間違うほどリアルな映像で、かえって気持ちが悪い。食事でワインを飲んだ後に見たこともあって、途中、うとうとと寝てしてしまった。ストーリーは、先ず先ずで、途中で眠りさえしなければ、それなりに楽しめただろう。3つめは、「サラリーマンネオ」。NHKのドラマの映画化である。それなりにバカバカしく、面白くはあったが、映画にする必然性は、全く感じられなかった。4つめは、ウィル・スミスの「I am a legend」、2007年のSF話題作である。さすがに話題作だけあって、そこそこ見応えがあった。そして5つめが「The Big Year」。ジャック・ブラック、ステイーブ・マーティン、オーウェン・ウイルソンの競演による2011年の日本未公開のコメディー映画である。バードウォッチを趣味とする以外は、それぞれ年齢も、職業も、居住地も生活レベルも違う3人が、1年のうちに何種類の鳥を観察できるかを競う競技会に参加する。仕事も家族もそっちのけで、お互いにけん制し合い、出し抜きあいしながら珍しい鳥を求めてアメリカ中を駆け回るうちに、徐々に友情が生まれ、あるいは互いを尊重し合うようになる。リラックスして見れて、なんとなくホットできる映画である。私にはバードウォッチングの趣味は無いが、引退したらやってみようかと思わせる映画でもあった。最後(6つめ)が「指輪をはめたい」。2011年暮れに公開された邦画である。結構人気若手俳優を集めているが、出来は今一か。成田からロンドンまで12時間余り。ひたすら映画を見続けたので、全く時間の長さを感じない旅だった。

2012年3月 7日 (水)

Elser and Bennett (2011), Nature, 478, 29-31. リンの生物地球化学的循環破綻が招く2重の危機

"A Broken biogeochemical cycle"

 

 ここで紹介するのは、昨年10月のNature3ページにわたるコメントとして掲載された、生物の必須栄養素であるリンの資源としての枯渇危機に関する解説の要約である。その地球化学物質循環を理解し、それを政策に反映させることの重要性が、解りやすく説明されている。

 

肥料や洗剤の成分として用いられるリンの土壌から河川や湖沼、海洋への一方的流出は、水質汚染や富栄養化、沿岸域底層水の無酸素化による沿岸生態系破壊などを引き起こす一方で、その埋蔵量は限られており、その消費速度は、2030年頃にピークを迎えた後、減少する事が予想されている。肥料としてのリンの代替物質が存在しない事から、その採掘による枯渇は、深刻な問題である。

 リンの供給面での不安はそれだけではない。その主要供給国が、必ずしも政治的に安定でない北アフリカに偏在しており、モロッコを筆頭とした上位3か国が、その埋蔵量の85%以上を占めている事も、大きな懸念材料である。実際、レアアース元素と並んで、アメリカ合衆国にとっての「戦略的物質」に加えられるかもしれない。

 こうした問題解決のカギは、リンの効率的利用やリサイクル方の開発にある。2005年に、およそ1750万トンのリンが採掘され、そのうち1400万トンが肥料として使われた。(それ以外の用途は、洗剤や家畜の飼料である。)しかし、そのうち800万トンは、浸食、溶脱により川や海へと流出し、作物となった400万トンのうち100万トンは、ごみとして捨てられる。結局、人間の口に入るのは、300万トンに過ぎない。(200万トン分、計算が合わないが、畑に滞留しているという事か?)これでは、使用した肥料の8割は、食糧生産に使われず、流出したことになる。

 この状況を改善する手段として、し尿からのリンの再利用効率を、現在の10%から、もっと高める方法がある。これは、同時に衛生環境の改善にもつながる。もう一つの手段として、農作物や家畜の育成に要するリンの量を減らす方法がある。手っ取り早いのが肉食から菜食への転換であるが、その実現は困難だろう。より現実的な手段として、作物や家畜の品種改良によるリンの消費量の削減があるが、それらは、実験段階あるいは政府の認可待ちの段階にある。

 こうした施策を効果的に進めるには、農地、湖沼、沿岸域といった各サブシステムにおけるリンの貯蔵量とサブシステム間のフラックスのより正確な把握が不可欠である。これを促進するために、世界リンネットワーク(Global Phosphorus Network)が組織され、2010年には、科学者、企業、行政を結ぶ持続可能なリンの管理コンソーシアムが生まれた。しかし、その活動は、国際政治レベルではまだ浸透していない。この動きを加速するには、リン、窒素などの栄養物質の持続的利用に関する国際的な科学および政策研究センターを設立する必要がある。そして、例えばリン排出市場(CO2のような)あるいは国際戦略的リン備蓄などによるリスク分散を検討すべきである。

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